大判例

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高松高等裁判所 昭和24年(ネ)100号 判決

被控訴徳島縣農地委員会が昭和二十二年十月二日控訴神社の訴願を棄却した裁決中徳島縣阿波郡柿島村大字柿原字植松三百四十六番所在原野約七畝二十一歩に対する部分は之を取消す。

右原野につき被控訴柿島農地委員会が昭和二十二年七月十五日定めた買收計画を取消す。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分しその一を控訴人の負担とじその余を被控訴委員会等の負担とする。

二、控訴の趣旨

原判決を取消す被控訴徳島縣農地委員会が昭和二十二年十月二日控訴人の訴願を棄却した裁決は取消す被控訴柿島村農地委員会が同年七月十五日控訴人所有の徳島縣阿波郡柿島村大字柿島原字植松三百四十三番ノ一同所三百四十六番原野合計一反四畝二十九歩につき定めた未墾地買收計画は取消す。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

三、事  実

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において

一、本件土地を未墾地として買收するのは自作農創設特別措置法の精神に照し不当且つ不法である。即ち右土地は御所神社所有の参道並びに御旅所にあたり祭神は遠く承久の御代より附近住民の尊崇の的である土御門天皇であつてその行宮趾である本件土地を農地として買收するが如きは国民感情の許さないところ全く史実と史蹟を無視又は軽視するものである。

一、被控訴委員会等が本件買收計画を審議するに際し賛成者の発言必ずしも眞実に副わないもの多くこれら眞実に副わない発言に基いてなされた本件買收処分並に裁決は不当である。

一、本件訴願棄却の裁決書の騰本が控訴人に送達されたのは昭和二十三年二月十九日である。

と述べ

被控訴両名訴訟代理人において右事実中訴願棄却の裁決書謄本の送達に関する点は認めるがその余は否認する

と述べた外は原判決事実摘示と同一であるから、ここに之を引用する。(立証省略)

四、理  由

被控訴柿島村農地委員会が昭和二十二年七月十五日控訴人所有の徳島縣阿波郡柿島村大字柿原字植松三百四十三番の一同所三百四十四番同所三百四十六番所在原野合計一反四畝二十九歩に対し未墾地買收計画を樹てたこと之に対し控訴人は適法な異議の申立をしたところ、同委員会はこれを棄却したので、更に控訴人は徳島縣農地委員会に対し訴願したが、同委員会もまた、同年十月二日訴願棄却の裁決をしその裁決書の謄本が昭和二十三年二月十九日控訴人に送達されたことは当事者間に爭のないところである。

よつて先ず、右土地のうち三百四十六番に対する買收計画にその取消原因となる違法が存するかどうかの点を考えるに、成立に爭ない甲第一号証(被控訴縣農地委員会長徳島縣知事の訴願裁決書案)乙第三号証(農林省開拓局長よりの通達書)同第六号証(徳島縣社会教育課長の証明書)原審証人三木元義当審証人中西正五郎の各証言並びに原審における控訴人代表者稻垣豊久尋問の結果に原審及び当審における檢証の結果を綜合すれば右三百四十六番の土地はその面積約七畝二十一歩であつて、控訴人神社の参道の一部であり右参道の北詰には松の古木が二本相対して生育して居り之を御しめ松と呼び御所村柿島村の村境であること、参道は右両村に跨り南方の撫養街道から参道への入口に通じていること、その幅員は東寄りの十尺内外の道路を残して畑地に開墾されていることしかし若しこれを参道として居たとすると撫養街道から直接幅員六間位の参道が眞直に控訴神社拜殿正面に達し鳥居越しに神社拜殿を拜することができるが、現在のままでは鳥居をくぐつて参道を通行することさえ出來ないし且つ参道が直線にもなつて居らぬ関係上鳥居の下をくぐることさえ許されない状況にあること、從つて参道入口としては氏子その他の一般崇敬者の不満とする状況にあること、控訴人の訴願に対し被控訴縣委員会会長徳島縣知事阿部五郎は右土地が参道であつて之を買收すれば縣道との連絡を失うばかりでなく神事遂行上支障を來し延いては氏子たる御所村村民の宗教心に重大な影響を與えることになり却つて自作農創設の精神にも反する結果となるし又本地域は文化的宗教的遺蹟並びに施設であり農村における小公園的意味もあり、自作農創設の目的に供することは適当でないから訴願を容認する旨の裁決書の案を作成していること農林省開拓局長伊藤佐は昭和二十二年九月一日未墾地解放に伴う社寺等の境内地又は構内地の取扱につき知事宛に社寺等の境内地又は構内地であるもの行場等につき未墾地として買收しようとするときは、地元の信仰を尊重し事前に十分諒解を得たうえで計画を定めることを通達していること、控訴人神社は承久の乱により阿波国に遷幸し寛喜三年御所村吉田の行宮で崩御した土御門上皇を祭神とし行宮の跡と称せられる二十町歩の御所屋敷に鎭座しかつては高松宮殿下の参拜あり古來村民氏子の崇敬篤き由緒ある神社であること、毎年の例祭には神輿、獅子、屋台等がねり歩き神幸式を執り行う場所であること等が認められる。

以上諸般の事情から判断すると右土地を買收して氏子その他一般崇敬者の信仰心を害せんよりは控訴神社の参道としてその所有に留めておくのが相当でありこの意味で右土地に対する本件買收計画は妥当を欠くもので結局違法であるから右買收計画並びにこれを維持する被控訴縣農地委員会の裁決は取消すべきものである(右認定に反する当審証人大塚岩雄の証言その他被控訴人両名提出援用の資料は前記各証拠に比し採用しない)

次に三百四十四番、三百四十三番の一の土地であるが、原審並びに当審における檢証の結果によれば右三百四十四番の面積は六畝十五歩で右参道とは関係なく参道の片袖をしたような形状であつて参道よりは一段高く現況は畑地に開墾されて麦そら豆が裁培されていること、又三百四十三番は元々三百四十四番の一部の片隅であつて十五坪の面積あり、縣道に敷く砂利置場となつていることが明であつて、当審における証人大塚岩雄の証言によると右土地は元來控訴神社の所有ではなくて明治の初年に之を取上げて盛土をしたことが推認できるから右の諸事情からすれば右土地の買收により控訴神社の行事を執り行うにつき多少の不便不都合はあるにしても参道を全部使用しうることによつて必ずしも事欠く程度に至るものとは言い難い。して見ると右三百四十四番、三百四十三番の一の買收は相当である。從つて以上説明するところにより控訴人の請求中三百四十六番に対する部分(参道にあたる部分)は理由あるものと認めてこれを認容するが、その余の請求は失当として之を棄却すべく、原審が本件請求全部を排斥したのは失当である。よつて原判決を変更し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六條第八十九條第五十二條を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 前田寛 三野盛一 荻原敏一)

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